Ecology Columbus
エコロンシステムを通して地球のルールを共有する
*循環.『共生』と『共死』
あらゆる生き物は、お互いの命を投げ出しあって、互いの命を支え合っています。
どんなに強い動物でも、死んだらほかの動物に食べられます。
ライオンでもゾウでも、死んだら食べられます。
食べられないとしても、最後は微生物に分解され土に還り、植物の栄養として循環の役割を果たすのです。
我々だけがこの循環の役割を、全く果たしていません。
そもそも、人間が一生物として自然界に循環させるものは、肉体と排泄物以外ないのです。
我々は死を迎えても、火葬されて土には還れません。
排泄物も土に還さないとすれば、我々は循環という輪の中に、生物としては全く参加していないということになります。
毎日、食べ物についは必死に考えているのに、それが排泄物になってしまうと、一秒でも速く目の前から消えてくれるのを願うばかりです。
「自然に従って生きる」「共生循環」という言葉をよく耳にしますが、「自然界の何に従って生きるのか?」「何を循環しなければならないのか?」という事を、まったく考えていないように見受けられます。
排泄物はお金をだして、他の人が処理してくれる物。自分の人生には全く関係ない物。
これが、我々が望んでいる未来へと繋がっている考えや行動とは、どうしても思えません。
命を互いに出しあって支え合う事が前提の自然界で、基本(根源)的なルールを守らない生物(人間)を、他の生物たちが黙って見逃してくれるはずがありません。
すでに、反撃が始まっているのでは?と感じている方も、少なからずおられると思います。
弱肉強食も、このルールを守った上で成り立っているという事を、改めて認識する時です。
今、我々はあまりにも生物循環のルールを蔑ろにしています
環境問題解決に向かっての取組みは大切な事ですが、基本(根源)を押えての取組でなければ、いずれは破綻し意味のないものになります。
皆さんは良くご存知のはずです。 基本を飛ばせば、振り出しに戻る事を . . 。